大津地方裁判所 昭和61年(ワ)306号 判決 1998年5月25日
第一事件原告、第二事件被告
園城寺
右代表者代表役員
福家俊明
右訴訟代理人弁護士
坪倉一郎
同
武川襄
右訴訟復代理人弁護士
篠田健一
第一事件被告、第二事件原告、第三事件本訴原告、第三事件反訴被告
定光坊
右代表者代表役員
三浦光道
右訴訟代理人弁護士
廣田稔
同
万代佳世
同(第二事件、第三事件本訴、同事件反訴につき)
安藤純次
第一事件被告
両願寺
右代表者代表役員
三浦朋恵
外四名
右第一事件被告ら五名訴訟代理人弁護士
廣田稔
同
万代佳世
第一事件被告
圓宗院
右代表者代表役員
三浦州道
外六名
右第一事件被告ら七名訴訟代理人弁護士
廣田稔
同
万代佳世
第三事件本訴被告、同事件反訴原告、亡明居富時訴訟承継人
明居久子
外二名
第三事件本訴、同事件反訴原告、亡明居富時訴訟承継人三名訴訟代理人弁護士
武川襄
右訴訟復代理人弁護士
篠田健一
主文
一 第一事件原告園城寺と第一事件被告両願寺との間において、別紙物件目録一の1及び2記載の土地建物につき、第一事件被告両願寺が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
二 第一事件原告園城寺と第一事件被告萬徳院との間において、別紙物件目録二記載の建物につき、第一事件被告萬徳院が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
三 第一事件原告園城寺と第一事件被告光浄院との間において、別紙物件目録三記載の建物につき、第一事件被告光浄院が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
四 第一事件原告園城寺と第一事件被告圓宗院との間において、別紙物件目録四記載の建物につき、第一事件被告圓宗院が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
五 第一事件原告園城寺と第一事件被告定光坊との間において、別紙物件目録五記載の建物につき、第一事件被告定光坊が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
六 第一事件原告園城寺と第一事件被告正藏坊との間において、別紙物件目録六記載の建物につき、第一事件被告正藏坊が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
七 第一事件原告園城寺と第一事件被告本壽院との間において、別紙物件目録七記載の建物につき、第一事件被告本壽院が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
八 第一事件原告園城寺と第一事件被告専光坊との間において、別紙物件目録八記載の建物につき、第一事件被告専光坊が賃借権、使用借権等の何らの使用権を有しないことを確認する。
九 第一事件被告両願寺は、第一事件原告園城寺に対し、別紙物件目録一の2記載の建物から退去し、同目録一の3記載の建物を収去して、同一の1記載の土地を明渡せ。
一〇 第一事件被告圓満院及び同長谷川しげは、第一事件原告園城寺に対し、別紙物件目録一の2及び3記載の各建物から退去して、同目録一の1記載の土地を明渡せ。
一一 第一事件原告園城寺のその余の請求をいずれも棄却する。
一二 第二事件被告園城寺は、第二事件原告定光坊に対し、平成四年七月二九日から別紙物件目録九の1記載の土地の明渡済みに至るまで月額一五〇〇円の割合による金員を支払え。
一三 第二事件原告定光坊のその余の請求を棄却する。
<一四乃至一八省略>
一九 訴訟費用は、第一事件訴訟費用については、第一事件被告らの負担とし、第二事件訴訟費用については、第二事件被告園城寺の負担とし、<以下省略>。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 第一事件について
1 請求の趣旨
(一) 主文第一項ないし第八項と同じ。
(二) 第一事件被告両願寺及び同圓満院は、第一事件原告園城寺に対し、別紙物件目録一の2記載の建物から退去し、かつ、同一の3建物を収去して、同一の1記載の土地を明渡せ。
(三) 第一事件被告長谷川しげは、第一事件原告園城寺に対し、別紙物件目録一の2、3記載の各建物から退去して、同一の1記載の土地を明渡せ。
(四) 第一事件被告専光坊、同來嶋稔、同來嶋元子及び同來嶋良は、第一事件原告園城寺に対し、別紙物件目録八記載の建物を明渡せ。
(五) 訴訟費用は第一事件被告らの負担とする。
(六) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁(第一事件被告ら共通)
(一) 第一事件原告園城寺の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は第一事件原告園城寺の負担とする。
二 第二事件について
1 請求の趣旨
(一) 第二事件被告園城寺は、第二事件原告定光坊に対し、別紙物件目録九の2記載の建物を収去して同目録九の1記載の土地を明渡せ。
(二) 第二事件被告園城寺は、第二事件原告定光坊に対し、平成四年七月二九日から右明渡しに至るまで月一万円の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第二事件被告園城寺の負担とする。
(四) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 第二事件原告定光坊の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は第二事件原告定光坊の負担とする。
三 第三事件本訴について
1 請求の趣旨
(一) 主位的請求
(1) 第三事件本訴被告明居久子は、第三事件本訴原告定光坊に対し、別紙物件目録九の2記載の建物を明渡せ。
(2) 第三事件本訴被告明居久子は、第三事件本訴原告定光坊ち対し、平成六年三月一日から右明渡しに至るまで毎月二五〇〇円の割合による金員を支払え。
(3) 第三事件本訴被告明居久子は、第三事件本訴原告定光坊に対し、金一七万三七五〇円を支払え。
(4) 第三事件本訴被告明居富夫及び同明居俊雄は、第三事件本訴原告定光坊に対し、それぞれ金八万六八七五円を支払え。
(5) 訴訟費用は第三事件本訴被告らの負担とする。
(6) 仮執行宣言
(二) 予備的請求1
(1) 第三事件本訴被告明居久子は、第三事件本訴原告定光坊に対し、別紙物件目録九の2記載の建物から退去して同物件目録九の1記載の土地を明渡せ。
(2) 訴訟費用は第三事件本訴被告明居久子の負担とする。
(3) 仮執行宣言
(三) 予備的請求2
(1) 第三事件本訴原告定光坊において国城寺に対して別紙物件目録九の2記載の建物を収去の上、同目録九の1記載の土地を明渡すべき旨の判決を得、これが確定した場合には、第三事件本訴被告明居久子は第三事件本訴原告定光坊に対し同建物から退去して同土地を明渡せ。
(2) 訴訟費用は第三事件本訴被告明居久子の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 第三事件本訴原告定光坊の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は第三事件本訴原告定光坊の負担とする。
四 第三事件反訴について
1 請求の趣旨
(一) 主文第一七項及び第一八項と同じ。
(二) 訴訟費用は第三事件反訴被告定光坊の負担とする。
(三) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 第三事件反訴原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は第三事件反訴原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 第一事件について
1 請求原因
(一) 第一事件原告園城寺(以下単に「原告園城寺」という。)は、別紙物件目録一の1記載の土地(以下「本件一の1土地」という。)を、昭和二七年ころ、当時の所有者である国から払い下げを受けた。また、別紙物件目録一の2(以下「本件一の2建物」という。)、同二ないし八記載の建物(以下、各建物をそれぞれ「本件二建物」ないし「本件八建物」という。)は、原告園城寺が、建築したものあるいは他から寄進を受けたものであり、その所有権は原告園城寺にある。
(二) 第一事件被告両願寺(以下単に「被告両願寺」という。以下の被告につき同じ。)は本件一の1土地及び本件一の2建物につき、被告萬徳院は本件二建物につき、被告光浄院は本件三建物につき、被告圓宗院は本件四建物につき、被告定光坊は本件五建物につき、被告正藏坊は本件六建物につき、被告本壽院は本件七建物につき、被告専光坊は本件八建物につき、それぞれ、所有権、賃借権、使用借権等の使用権を有していると主張している。
(三) 被告両願寺及び被告圓満院は、本件一の1土地上に、別紙物件目録一の3記載の建物(以下「本件一の3建物」という。)を共有し、さらに、同土地上の本件一の2建物を共同占有して、本件一の1土地を占有している。
(四) 被告長谷川しげは、本件一土地上の本件一の2及び3建物を占有して、本件一土地を占有している。
(五) 被告専光坊は、被告來嶋稔、被告來嶋元子及び被告來嶋良は、本件八建物を共同占有している。
(六) よって、原告園城寺は、被告両願寺、被告萬徳院、被告光浄院、被告圓宗院、被告定光坊、被告正藏坊、被告本壽院及び被告専光坊との間で、それぞれ別紙物件目録記載の土地建物について右被告らが何らの使用権を有しないことの確認を求めるとともに、被告両願寺及び被告圓満院に対し本件一の3建物収去、本件一の2建物退去及び本件一の1土地の明渡しを、被告長谷川しげに対し本件一の2及び3建物退去及び本件一の1土地の明渡しを、被告専光坊、被告來嶋稔、被告來嶋元子及び被告來嶋良に対し本件八建物の明渡しをそれぞれ求める。
2 請求原因に対する認否(被告ら共通)
(一) 請求原因事実(一)のうち、原告園城寺が、昭和二七年ころ、本件一の1土地を当時の所有者である国から払い下げを受けたことは認め、その余を否認する。
(二) 請求原因事実(二)は認める。
(三) 請求原因事実(三)のうち、被告両願寺が、本件一の1土地上に本件一の3記載の建物を所有し本件一の1土地を占有していること及び本件一の2建物を従前占有し、これを改修したことは認め、その余は否認する。なお、被告圓満院に勤務している被告長谷川しげは、本件一の3建物を占有している。
(四) 請求原因事実(四)のうち、被告長谷川しげが、本件一の3建物を占有していることは認め、その余は否認する。
(五) 請求原因事実(五)のうち、被告専光坊及び被告來嶋稔が占有していることは認め、その余は否認する。被告來嶋元子は被告來嶋稔の妻、被告來嶋良は被告來嶋稔の長男であって、独立した占有者でない。
(六) 請求原因事実(六)は争う。
3 抗弁
(一) 永代無償使用権について(被告両願寺、被告萬徳院、被告光浄院、被告圓宗院、被告定光坊、被告正藏坊、被告本壽院及び被告専光坊、以下被告圓満院を除く右各寺院を「被告寺院ら」という。)
(1) 原告園城寺と被告寺院らはかつて本山と塔頭寺院の関係にあった。
(2) 他宗派(仏教界で古来から存続するもの)における本山と塔頭寺院の関係をみるに、本山は各塔頭寺院の敷地を所有し、地上建物等の物的施設は当該塔頭寺院が所有した上、その敷地については、対価を得ることなく無償で、いわゆる「永代無償使用権」を当該寺院に与えている(但し、当該寺院が教義を異にするに至れば当然解除となる)ものである(乙九九ないし一〇二)。
なお、永代無償使用権とは、墓地使用権に類似するものであり(墓地使用権について乙一〇三ないし一〇五の5参照)、古来から伝統ある霊地一帯等に広く見られる公知のものである。
(3) これを原告園城寺と被告寺院らの関係でみるに
① 原告園城寺は、天武天皇の一五年(西暦六八六年、以下括弧内は西暦である。)大友村主与多王がその氏寺として創建したものと伝えられ、智証大師円珍が貞観元年(八五九年)大友氏の請により原告園城寺に遷り、同八年(八六六年)原告園城寺を比叡山延暦寺の別院とし、円珍は朝命を受けてその別当となり、原告園城寺の別当は永く円珍の法脈を用いて寺家を簡定すべき旨の勅宜を下され、同一〇年(八六八年)六月二九日清和天皇は原告園城寺を円珍に賜った。
円珍寂後百余年を経て、比叡山延暦寺において慈覚大師と智証大師の二大学閥の対立が生じ、それが政治的勢力の抗争にまで発展するに及んで、正暦四年(九九三年)智証大師門下の千有余人が比叡山を退去し、原告園城寺に移住するに至り、天台宗は山門(延暦寺)と寺門(園城寺)の二流に分裂し、ここに比叡山に対する一個の教団(天台宗寺門派)が発生した。
原告園城寺は隆盛となり規模が大きくなるに伴って、これに奉仕勤侍する僧侶等が増え、これらの者が居住する建物や僧侶の修行する建物がそれぞれ必要となって、塔頭寺院が創設されるに至った。
被告寺院らも、右記塔頭寺院の一部として、古い発生・創設にかかるものであり、いずれも現在法人格を有するものである。
被告寺院らについては、被告萬徳院が少なくとも室町初期(一三三三年ころ)に存在したことが明らかであり(乙六)、慶長二年(一五九七年)には、被告光浄院が既に存在し、また慶長三年(一五九八年)には、被告圓宗院、被告光浄院が既に存在しており、徳川時代初期(一六〇〇年ころ)には、被告本壽院が、寛永五年(一六二八年)には、被告両願寺が建立され、被告定光坊、被告専光坊、被告正藏坊もそのころ存在していたものである(乙九二)。
したがって、被告寺院らは、少なくとも徳川初期(一六〇〇年ころ)以前平安時代(七九〇年ころ)以降に創設されたものである。
すなわち、被告寺院ら自体は伝統あり由緒ある古来からの寺院である。
② 被告寺院らは、現在も原告園城寺と同じ天台宗寺門派の教義を奉じて運営している。
③ 原告園城寺は、本件一の2建物、本件二ないし八建物につき、戦後まもなく単立寺院となった被告寺院らに対し、従前に引き続く右各建物の使用継続につき、約四〇年間にわたり、何らの異議もなく無償で使用させている。
④ 本件一の1土地の元所有者である国は、被告両願寺に対し永代無償で使用を許していたところ、原告園城寺は、その払い下げを受けるに当たり、被告両願寺が有していた永代無償使用関係を是認し、国からその関係を承継したのであり、払い下げを受けて以来、約三〇年にわたり、被告両願寺に対し、何らの異議も唱えなかった。
(4) 以上の事実からすれば、原告園城寺は、おそくとも昭和六一年六月二六日の本件訴訟提起前までには、黙示の意思表示により、本件一の1土地及び本件一の2建物について被告両願寺との間で、本件二建物について被告萬徳院との間で、本件三建物について被告光浄院との間で、本件四建物について被告圓宗院との間で、本件五建物について被告定光坊との間で、本件六建物について被告正藏坊との間で、本件七建物について被告本壽院との間で、本件八建物について被告専光坊との間でそれぞれ、それぞれの被告寺院らの宗教活動に使用することを目的とし、教義を異にした場合には解約権を行使することができるという留保付の、かつ、期間を永遠とする使用貸借契約を締結したものであり、被告寺院らは、それに基づき占有しているものである。
(二) 使用借権(被告長谷川しげ、被告來嶋稔、被告來嶋元子、被告來嶋良(以下「被告個人ら」という。)
被告長谷川しげは、被告両願寺との間で、本件一の3建物について、被告來嶋稔は、被告専光坊との間で、本件八建物について、それぞれ使用貸借契約を締結してそれに基づき占有している。
(三) 権利の濫用(請求の趣旨(二)ないし(四)について)
以下の(1)ないし(5)の事情によれば、請求の趣旨(二)ないし(四)の請求はいずれも権利の濫用であり許されない。
(1) 抗弁(一)(1)、(3)の事実同旨
(2) 被告寺院らの存続には物的設備が不可欠の要件となっており、同設備を失うことは当該寺院の消滅を意味するところ、被告寺院らは、以下のとおり本件各建物を宗教活動のために現に利用している。
① 本件一の2、3建物の占有について
被告両願寺は、本尊として「聖観世音」をまつり、他宗の信者からも広く信仰されている寺院であり、連如上人ゆかりの寺院であって、「堅田源部兵衛の首」由来に関係ある寺院とされており、また寛永五年(徳川初期・一六二八年)に僧慶傳が建立したとも伝えられている。毎月一八日には観音様の縁日として、被告の寺院一門の僧侶による御勤めがあり、信者が広く集まっている。また、毎年除夜から正月三ケ日間と、同二月の節分には「長等社寺巡り」巡拝の寺院として、多数の人が参拝している。さらに、毎年八月二三日の地蔵盆を町会が主催して同寺境内地で催され、主として町会の多数の人が参拝している。
現在は、被告尼僧長谷川しげが常住し、朝夕の観行、維持管理等を行っている。
② 本件八建物について
被告専光坊は、本尊として北向不動明王を本尊にまつっているが、同寺院は小関の天神さんとして古くから親しまれ、本堂に隣接する天神道に天神さんをまつっている。
毎月二八日には、北向不動尊の不動供が行なわれ、多くの信者が参拝している。また、天神さんとして、毎月二五日には月天神が施され、多くの信者のお参りがある。この両行事とも、被告の寺院一門の僧侶が出仕して行っている。前記両願寺と同様に長等社寺巡りの巡拝寺として多数人が参拝している。
現在は被告圓満院代表者代表役員三浦道明の義兄である被告來嶋稔の家族が常住し、日常のお給仕と維持管理等を行っている。
(3) 本件八建物(被告専光坊使用)の敷地は、被告専光坊が所有している。
(4) 原告園城寺の本件訴訟の目的は、被告となっている寺院らを消滅させることである。
(5) 原告園城寺は、本件一の1土地、本件一の2建物、本件八建物を使用する必要性がない。
(四) 権利の濫用(請求の趣旨(一)について)
右抗弁(三)の事実に加え、被告定光坊の使用する本件五建物の敷地は右被告が所有し(乙二七、二八)、右敷地には、右被告の建物が存在し(乙二九)、被告正藏坊の使用する本件六建物の敷地は同被告がもと所有し(乙三二、三四)、被告両願寺については、その敷地上に同被告の建物が存在し(乙八五)、被告圓宗院と被告本壽院の使用する本件四及び七建物は国所有であり(乙八二ないし八四)、被告光浄院の使用する建物は登記簿上「光浄院本堂」とされ同被告名が表示されている(乙九七)。
右事実を総合すれば、請求の趣旨(一)の請求自体が権利の濫用として許されない。
4 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)について
(1) 抗弁事実(一)(1)は認める。
(2) 同(一)(2)は否認する。
(3) 同(一)(3)のうち同①②は認める。その余は否認する。特に同③同④については、原告園城寺は乙一ないし三の訴訟のとおり異議を出していたものである。
(4) 同(一)(4)は否認ないし争う。特に「それぞれの被告寺院らの宗教活動に使用することを目的とし、教義を異にした場合には解約権を行使することができるという留保付の、かつ期間を永遠とする」との点については、当該使用借権は、右被告寺院らが、塔頭寺院として本山に奉仕することを前提として認められてきたものであるから、戦後自らの意思により単立寺院として自立し、原告園城寺と塔頭寺院本山末寺の関係が消滅したことにより、その目的に従い使用及び収益することが終了したものである。
(二) 抗弁(二)は不知。
(三) 抗弁(三)(1)の事実に対する認否は、抗弁(一)(1)、同(一)(3)の認否のとおりである。同(三)(2)ないし(5)は否認する。特に同(三)(5)については、本件一の1土地、本件一の2建物、本件八建物は、原告園城寺の歴史に照らし、極めて重要な史跡であり、宗教活動上使用するべき必要性は高い。
(四) 抗弁(四)については否認する。
5 再抗弁
(一) 使用借権の解除(抗弁(一)に対し)
原告園城寺は、抗弁(一)の使用貸借契約を、左(二)のとおり信頼関係が破壊されたことを理由として被告寺院らに対し、本件訴状により解除(終了)する旨通知した。
(二) 権利の濫用の主張に対する消極的事実(抗弁(三)(四)に対し)
被告寺院ら(個人の被告を含む)は、同じ園城寺山内にありながら、原告園城寺の宗教活動を妨害する行為を再三取り続けている。
すなわち、被告圓満院代表者代表役員三浦道明が中心となり、被告専光坊、財林坊、被告定光坊、被告両願寺、被告圓宗院、被告萬徳院、被告光浄院、被告正藏坊及び被告本壽院の九つの寺院は、名目だけの三井寺一山寺院住職会なるものを作り、原告園城寺に対し、園城寺山内において看板を立てたり、ちらしをまいたりしている(甲一一〇、一一一の1、2、一二八、一二九の各1、2、一三〇の1ないし3、検甲一、三ないし五)。
被告圓満院は昭和五五年三月には原告園城寺の所有地に無断かつ暴力的に立ち入ろうとする事件を起こしたり(甲一一三、一一四の各1、2)、昭和五六年一二月には原告園城寺に無断で原告所有地を使用し(甲一一六の1ないし3、一一七の1、2)、昭和五九年二月、原告園城寺と隣接する原告所有の水路について無断で工事を行い、また、被告萬徳院においては所有者である原告園城寺の了解なく無断で大津市園城寺町番外地の地上建物の造作工事を同原告の差止にもかかわらず強行し(甲一三五、一三六の各1ないし3、一三七、一三八の各1、2)、かつ、同時に原告境内地内の原告の管理方法について抗議をなした(甲一三八の1、2)。
また、被告寺院らは「園城」なる発行物などに原告園城寺と紛らわしい名称を用い、また、偽って関係人に配布し(甲九九、甲一二一ないし一二四、甲一四九)、また、これがために郵便物の誤配を来している(甲一一二の1ないし3、一一五の1ないし3、一一八、一二〇の各1、2)。
さらに、被告圓満院らは昭和五六年から原告園城寺に無断で本件一の1土地上の本件一の2建物を造作工事し、裁判所の仮処分命令に違反して本件一の3建物を建築した(甲一ないし一〇九、一三七)。
また、被告圓満院代表役員三浦道明は、同人が代表役員を兼ねる被告専光坊、被告定光坊の土地を被告圓満院や右三浦のために金一〇億円にのぼる借財のため抵当権を設定している(甲一五〇ないし一六三、二〇二)。その他被告圓満院は、経済的に危機に瀕している。
6 再抗弁に対する認否
いずれも否認する。
7 再々抗弁
原告園城寺の再抗弁(一)の解除権の行使は、抗弁(三)(四)記載の事実のとおり権利の濫用に当たる。
二 第二事件について
1 請求原因
(一) 第二事件原告定光坊(以下単に「原告定光坊」という。)は、別紙物件目録九の1記載の土地(以下「本件九の1土地」という。)を、明治二二年四月八日ころ当時の所有者である滋賀県から払い下げを受けて取得した。
(二) 第二事件被告園城寺(以下単に「被告園城寺」という。)は、本件九の1土地上に別紙物件目録九の2記載の建物(以下「本件九の2建物」という。)を所有して占有している。
(三) 本件九の1土地の賃料相当損害金は月一万円を下らない。
(四) よって、原告定光坊は、被告園城寺に対し、本件九の1土地の所有権に基づき本件九の2建物収去と本件九の1土地明渡しを求めるとともに、訴状送達の日の翌日である平成四年七月二九日から明渡し済みまで賃料相当損害金月額一万円の割合による金員の支払いを求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因事実(一)、(三)は否認する。
(二) 請求原因事実(二)の事実は認める。
(三) 請求原因事実(四)は争う。
3 抗弁(権利の濫用)(請求の趣旨(一)について)
本件九の2建物は、亡大橋岩吉が明治四二年ころ、廃寺となっていた定光坊を園城寺より借り受け居住し、定光坊及びその中の金比羅神社の修理をなし、その境内及び周辺土地を整備開墾し、その間本件九の2建物を自ら建築し、その後被告園城寺に寄付したものである。
昭和一三年右大橋が亡くなった後、引き続き大橋家が居住してきたところ、昭和二四年ころ、亡明居富時が、大橋勲の許可を得て本件九の2建物の一部を間借りし、昭和三四年ころに、大橋家が、本件九の2建物を出てからも、引き続き亡明居富時が本件九の2建物全体に居住してきたものである。
これらの事情に照せば、原告定光坊の請求の趣旨(一)の請求は権利の濫用であり許されない。
三 第三事件本訴について
1 主位的請求について
(一) 主位的請求原因
(1) 第三事件本訴原告定光坊(以下単に「本訴原告定光坊」という。)は、昭和三四年四月二六日ころ以前から、本件九の2建物を所有している。
(2) 本訴原告定光坊は、亡明居富時に対し、昭和三四年四月二六日ころ、本件建物を次のとおり貸し渡した。
賃料 月額二五〇〇円を毎月二〇日限り支払う。
期間の定めなし
(3) 本訴原告定光坊は、亡明居富時に対し、昭和五九年六月二九日、未払いであった昭和五八年七月分より同五九年六月分までの賃料の支払を催告し、右催告は同年七月一五日までに到達した。
(4) 本訴原告定光坊は、亡明居富時に対し、昭和五九年九月一二日、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は同月一四日に到達した。
(5) 亡明居富時は、昭和三四年四月二六日ころ以降本件九の2建物の占有を継続していたところ、平成六年二月二〇日死亡した。これに伴い、亡明居富時の妻である本訴被告明居久子、子である本訴被告明居富夫及び本訴被告明居敏雄が法定相続分にしたがって本件九の2建物に関する権利義務を相続した。
(6) また、本件九の2建物については、本訴被告明居久子が、平成六年三月一日から、単独で占有を承継している。
(7) 本件九の2建物に関する、昭和五八年七月一日から同五九年九月一三日までの未払賃料支払債務は三万六〇八三円であり、同月一四日から平成六年一月三一日までの賃料相当損害金(月額二五〇〇円)支払債務は、二八万一四一七円である(合計三一万七五〇〇円)。
(なお、本訴原告定光坊は、右合計額を三四万七五〇〇円と主張しているが、計算の誤りによるものと認められる。)
また、本件九の2建物の平成六年三月一日以降の相当損害金は、一か月二五〇〇円を下らない。
(8) よって、本訴原告定光坊は、本訴被告明居久子に対し、本件九の2建物の所有権又は建物賃貸借契約の解除に基づき同建物の明渡し(主位的請求の趣旨(1))を、不法行為(同建物所有権の侵害)に基づく損害賠償請求として平成六年三月一日から右建物の明渡しに至るまで月額二五〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払(主位的請求の趣旨(2))を求めるとともに、同建物の賃貸借契約及びその解除に基づき本訴被告らに対し、亡明居富時が負担していた昭和五八年七月一日から平成六年一月三一日までの同建物の未払賃料又は賃料相当損害金として、本訴各被告の相続分に応じて、それぞれ主位的請求の趣旨(3)(4)記載の金員の支払を求める。
(二) 主位的請求原因に対する認否
主位的請求原因事実(1)は否認する。被告園城寺が所有するものである。同(2)、(5)、(6)は認める。同(3)及び(4)は不知。
同(7)は否認する。
(三) 抗弁(賃料請求及び賃貸借契約終了に基づく目的物返還請求について)
(1) 被告園城寺は、本件九の2建物を所有している。
(2) 亡明居富時は、昭和五八年一二月三〇日、被告園城寺との間で、本件九の2建物について賃貸借契約を締結した。
(四) 抗弁に対する認否
すべて否認する。
2 予備的請求1、2について
(一) 予備的請求原因
(1) 本訴原告定光坊は、本件九の1土地を所有している。
(2) 本訴被告明居久子は、本件九の1土地上の本件九の2建物を占有している。
(3) よって、本訴原告定光坊は、本訴被告明居久子に対し、本件九の2建物から退去して本件九の1土地を明渡すことを求める。
(二) 予備的請求原因に対する認否
予備的請求原因事実(1)の事実は否認する。同(2)は認める。同(3)は争う。
(三) 抗弁(権利の濫用)
本訴原告定光坊の請求は、被告園城寺に対する本件九の2建物収去、本件九の1土地明渡請求が権利の濫用になるため(第二事件抗弁事実)、同様に権利の濫用として許されない。
(四) 抗弁に対する認否
第二事件抗弁に対する認否と同旨
四 第三事件反訴について
1 請求原因(不法行為に基づく損害賠償請求権)
(一) 第三事件反訴被告定光坊(以下単に「反訴被告定光坊」という。)の代表者代表役員三浦道明は、昭和五九年一二月一三日午前一〇時ころ、金政会こと山本政行に指示して、亡明居富時が占有する本件九の2建物附属建物である便所(木造瓦葺平家建4.9平方メートル)を損壊し、さらに、その際、亡明居富時所有の草木一七本(三〇年樹齢の杉一〇本、あじさい四株、こでまり、あおき、さざんか各一本、時価合計三〇万円相当)を伐採あるいは引き抜くなどした。
右行為により亡明居富時が被った精神的損害は一二〇万円を下らない。
したがって、亡明居富時は、反訴被告定光坊に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、右草木代金相当額三〇万円及び慰謝料一二〇万円の合計一五〇万円の支払請求権を有している。
(二) 亡明居富時は、平成六年二月二〇日死亡し、妻の第三事件反訴原告(以下単に「反訴原告」という。以下同じ。)明居久子、子である反訴原告明居富夫及び反訴原告明居敏雄が法定相続分にしたがって右(一)の支払請求権を相続した。
(三) よって、反訴原告明居久子は、反訴被告定光坊に対し、相続分二分の一に当たる金七五万円の支払いを、反訴原告明居富夫及び反訴原告明居敏雄は、それぞれ相統分四分の一に当たる金三七万五〇〇〇円の支払いを求める。
2 請求原因に対する認否
請求原因事実(一)は否認する。同(二)は認める。同(三)は争う。
第三 証拠
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
第一 第一事件について
一 請求原因について
1 請求原因事実(一)について
(一) 請求原因(一)の事実中、昭和二七年ころ、原告園城寺が、本件一の1土地をもと所有者である国から譲り受けたことは関係当事者間に争いがない。
(二) そこで、本件一の2、二ないし八建物の所有者について検討するに、原告園城寺は、本件一の2、二ないし八建物について、それぞれ原告園城寺名義の保存登記を有していること(本件一の2建物について甲二二三、本件二建物について甲二二四、本件三建物について甲二二五、本件四建物について甲二二九、本件五建物について甲二三〇、本件六建物について甲二三一、本件七建物について甲二三二、本件八建物について甲二三三)、さらに、右各建物については、被告寺院らが原告園城寺に対して所有権の確認を求めた訴訟が、原告園城寺に所有権があることを理由として棄却された裁判が確定していること(乙一ないし乙三、本件一の2建物について乙一の物件目録九、本件二建物について同目録三、本件三建物について同目録二、本件四建物について同目録八、本件五建物について同目録五、本件六建物について同目録七、本件七建物について同目録一、本件八建物について同目録四)、被告寺院らを含む右原告園城寺のいわゆる子院は、全て原告園城寺の一部として発生附属してきたものであり、江戸時代の終わりまでは、原告園城寺が寺院としての権利主体であり、境内地内の建物は原告園城寺の所有に属していたものと推測されること(乙一ないし三)が認められる。
右各事実からすれば、本件一の2、二ないし八建物がいずれも原告園城寺の所有するものであると認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 請求原因事実(二)は関係当事者間に争いがない。
3 請求原因事実(三)について、被告両願寺が、本件一の3建物を所有し、本件一の1土地を占有している事実は関係当事者間に争いがない。さらに、被告両願寺は、本件一の2建物を改築したことは認めており、右争いのない事実及び執行官保管の点検調書(甲一〇七ないし一〇九)並びに弁論の全趣旨によれば、改築中さらに改築後も同建物を占有していることを認めることができる。
被告圓満院については、建築確認通知書(甲一〇〇)によれば、同被告が、本件一の2建物について、同被告を建築主として建築確認を受けていること、執行官保管仮処分の点検調書(甲一〇九)によれば、同被告が、本件一の2建物を占有していることが認められる。
また、第一事件被告長谷川しげが本件一の3建物を占有していること、同人被告が被告圓満院に勤務していること、被告両願寺と被告圓満院の代表者代表役員が同じ三浦道明であったこと及び本件一の3建物が本件一の2建物の改修のために建てられたものであることは当事者間に争いがなく、したがって、本件一の3建物についても、被告長谷川しげ及び被告両願寺と共同して、被告圓満院の占有があるものと認めるのが相当である。
さらに、被告両願寺が、本件一の3建物の所有者と自認していることは前記のとおりであり、本件全証拠によっても、被告圓満院が本件一の3建物を被告両願寺と共有していることを認めるに足りない。したがって、被告圓満院に対する本件一の3建物収去土地明渡請求は理由がない。
4 請求原因事実(四)について、被告長谷川しげが、本件一の3建物を占有している事実は関係当事者間に争いがない。また、執行官保管の仮処分決定における点検調書(甲一〇九)によれば、被告長谷川しげが本件一の2建物を占有している事実を認めることができる。
5 請求原因事実(五)について、被告専光坊及び被告來鳴稔が占有していることは当事者間に争いがない。しかし、被告來嶋元子および被告來鳴良は、被告來嶋稔の家族に過ぎず、独立の占有を主張していないことに照らせば、被告専光坊又は被告來嶋稔の占有補助者と認められるから、被告來嶋元子及び被告來鳴良の独立の占有は認められない。
したがって、被告來嶋元子及び被告來嶋良に対する請求は理由がない。
二 抗弁について
1 抗弁(一)永代無償使用権の存否について
(一) 抗弁(一)の事実中、同(一)(1)、同(一)(3)①及び②の事実は関係当事者間に争いがなく、証拠(乙一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、同(一)(3)③及び④の事実中、現在、被告圓満院及び被告両願寺が本件一の1土地及び同一の2及び3建物を、被告専光坊が本件八建物を占有していること、被告寺院らは、昭和二九年ころから、原告園城寺に対し、本件一の2、二ないし八建物について所有権を有することの確認等を請求する訴訟を提起したこと(乙一ないし三)、その訴訟継続中に、原告園城寺が、被告専光坊が現に右各建物を使用していることについて、異議を述べたと認めるに足りる証拠はなく、原告園城寺としては、被告寺院らが同原告の所属する元の宗派に復帰するか、あるいは元の本山園城寺との良好な関係を修復すべく努めるのを待ち望んでいたが、結局、昭和六一年六月に本訴の提起に至ったことが認められる。
(なお、本件一の1土地について、被告寺院ら主張にかかる、国と被告両願寺との間で、永代無償使用を許していた事実を認めるに足りる証拠はなく、仮に国との間で無償使用関係があったとしても、原告園城寺が、払い下げにあたり、その国の義務を引きつぎ、無償使用関係を永代のものとして承諾したことを認める証拠もない。)
(二)(1) しかしながら、他方、証拠(甲一〇、一三、九〇)及び弁論の全趣旨により認められる、本件一の2建物は、もともと原告園城寺が現実に管理していたものを、被告圓満院及び被告両願寺が、原告園城寺の管理を排除して造作工事を開始したため、原告園城寺は、昭和五五年一〇月一一日付けで異議を述べ、かつ、同年一二月二日、右建物の執行官保管の仮処分の申請をなし、同月二三日、右申請は認容されたこと、被告両願寺による本件一の3建物建築は、執行官保管を無視して行なわれたものであること、したがって、被告圓満院又は被告両願寺の本件一の1土地及び本件一の2建物の使用は、単立寺院となった昭和二二年から継続したものではなく、昭和五五年からの使用について原告園城寺から異議を受けていたことなどに照らせば、右(一)に掲げた事情から、被告専光坊を除く被告寺院らについて、使用貸借契約を認めることはできず、また、被告専光坊についても、使用貸借契約の存続は認定できるが、その使用貸借が、被告寺院らの主張する「教義を異にした場合にのみ解約できるという留保付の、かつ期間を永遠とする」ものであるとまでは認めることができないというべきであり、他に被告寺院ら主張の「永代無償使用権」を認めるに足りる証拠はない。
(2) むしろ、甲二ないし八八、乙一ないし三によれば、園城寺の歴史から次のとおり認めるのが相当である。
原告園城寺興隆のために、源頼朝、足利尊氏、足利義詮、豊臣秀吉、その他歴代の為政者より園城寺領が寄進されている。例えば、秀吉が慶長三年に寺領四、三二七石を三井寺衆徒中に宛てた安堵状を以って寄進しているが、これも園城寺一山の経費に当てるためのものであって、これが一山の各坊が一定の所領(領地)を所有したものではなかった。徳川時代に入っても特に弊害がない限り、豊臣の寺領を踏襲しており、したがって江戸時代の末期までは、原告園城寺は山のすべての子院(境内寺院)諸坊を包含した寺院であり、被告寺院らを含むいわゆる塔頭ないし子院は、その歴史は古くとも原告園城寺の一部分として発生附属して来たものである(乙二)。
すなわち、被告寺院らを含む原告園城寺の塔頭ないし子院は元来園城寺に奉仕勤侍する者らの止宿する建物として造立された住房として発生したものであって、原告園城寺が山内における子院すべてを包含した寺院であり、反面、塔頭ないし子院は原告園城寺の一部分として発生附属してきたものであることが認められる(乙三)。
右歴史上の原告園城寺と被告寺院らの関係からすれば、原告園城寺の主張するように、使用貸借関係は、被告寺院らが、寺中として園城寺に奉仕することを目的として認められたものであり、従来の子院、塔頭寺院あるいは一山関係が消滅すれば、当然消滅するものと認められる。
そして、戦後、原告園城寺と被告寺院らとの間に深刻な対立が生じ、被告寺院らが、昭和二二年、原告園城寺とは別の単立寺院となって、右関係が消滅していることは当事者間に争いがないのであるから、右使用貸借契約も終了しているものと認められる。
(三) 以上に関し、被告寺院らは、他宗派における本山と塔頭寺院との関係を例に挙げて、いわゆる永代無償使用権を当該寺院に与えていると主張するが(抗弁(一)(2))、他宗派の事情については、それぞれの歴史等により事情が異なるので、当事者以外の他宗派の事情について考慮するのは不相当と考えられる。
さらに、被告寺院らは、永代無償使用権とは墓地使用権に類似するものであると主張し、墓地使用権と同様の保護が与えられると主張するが、いわゆる墓地使用権とは、他人の土地をその墓地として利用するという目的及び性格から、永久的に使用できる権利と解されるが、そのような権利として解釈される理由は、そもそも埋葬等については、国民の宗教的感情を考慮する必要があり、それは種々の法(墓地及び埋葬等に関する法律、刑法等)に現れていることによるものであるから、単に土地建物の利用の目的が宗教活動に過ぎない場合にまで類推されるものとは解されない。したがって、本件の事例に当てはまるものではない。
また、被告寺院らは、土地永代無償使用権が認められた事案として和歌山地裁昭和四九年二月六日判決(判例時報七五〇号八四頁)を挙げるが、本件はその裁判例とは事案が異なっているので参酌できない。
(四) 以上のとおり抗弁(一)は理由がない。
2 抗弁(二)使用借権について
右のとおり抗弁(一)が認められないので、抗弁(二)について判断するまでもなく、被告個人らの占有権原は認められない。
3 抗弁(三)及び再抗弁(二)権利の濫用について
(一) 抗弁(三)(1)については、前記1(一)、(二)において、抗弁(一)について認定判断したとおりである。
(なお、被告寺院らは、宗教法人法による宗教法人であるところ、宗教法人法によれば、宗教法人とは宗教法人法により法人となった宗教団体であり(宗教法人法四条二項)、その宗教団体たり得るためには、礼拝の施設を備えなければならない(同法二条一号)ことが認められるが、被告寺院らが、本件一の2、3、同二ないし九建物の使用権限を失っても直ちに、礼拝の施設を備えないということにならない上、右建物を失っても、他に礼拝の施設を備えれば存続は可能であるから、右建物それ自体又はその使用権限を失うことが、被告寺院の消滅につながるとは認められない。)
(二) 同(三)(2)について
(1) 同(三)(2)①について、被告両願寺代表者代表役員三浦道明の陳述書(乙一五二、一八一の1)、乙一五六、一五七、一六八ないし一七五及び被告両願寺代表者代表役員三浦道明の供述によれば、次の事実が認められる。
被告両願寺は、本尊として「聖観世音」をまつり、連如上人ゆかりの寺院であって、「堅田源部兵衛の首」由来に関係ある寺院とされており、また寛永五年(徳川初期・一六二八年)に僧慶傳が建立したとも伝えられている。昭和五六年ころからは、毎月一八日には観音様の縁日として、被告側一門の僧侶による御勤めを行っている。また毎年除夜から正月三ケ日間と、同二月の節分には「長等社寺巡り」巡拝の寺院として、多数の人が参拝している。また、毎年八月二三日の地蔵盆を町会が主催して同寺境内地で催され、主として町会の多数の人が参拝している。
現在は、被告尼僧長谷川しげが常住し、朝夕の勧行、維持管理等を行っている。
この点、証人滋野敬淳(原告園城寺執事長)は、被告寺院らの宗教活動調査結果として甲二〇五を作成した上、被告両願寺の宗教活動の実態はない旨記載し、証言しているが、その調査によっても、被告両願寺が、昭和二三年ころから昭和三六年まで本件一の1土地及び本件一の2建物を占有していたことが認められる上、前掲各証拠に反するもので、右証言等は信用することができない。
(2) 同(三)(2)②について、被告圓満院代表者代表役員三浦道明の陳述書(乙一五二、一八一の1)、乙一五八ないし乙一六〇、乙一六八ないし一七五及び被告圓満院代表者代表役員三浦道明の供述によれば、次の事実が認められる。
被告専光坊は、本尊として北向不動明王を本尊にまつっているが、同寺院は小関の天神さんとして古くから親しまれ、本堂に隣接する天神堂に天神さんをまつっている。
昭和一七年ころには祈祷を行っており、現在、毎月二八日には、北向不動尊の不動供が行なわれ、多くの信者が参拝している。また、天神さんとして、毎月二五日には月天神が施され、多くの信者のお参りがある。この両行事とも、被告側一門の僧侶が出仕して行っている。前記両願寺と同様に長等社寺巡りの巡拝寺として多数人が参拝している。
現在は前記三浦道明の義兄被告來鳴稔の家族が常住し、日常のお給仕と維持管理等を行っている。
この点、証人滋野敬淳は、前記調査結果甲二〇五を作成した上、大正期から宗教活動の実態がない旨記載し、証言しているが、前掲各証拠に反するもので信用することができない。
(三) 乙三〇、三一及び被告圓満院代表者代表役員の供述によれば、本件八建物の敷地は、被告専光坊が所有していることが認められ、抗弁(三)(3)の事実は認められる。
(四) 原告園城寺が、被告寺院らの消滅を目的として本件訴訟を提起したと認めるに足りる証拠はなく、抗弁(三)(4)事実は認められない(なお、本件建物の収去や本件土地の明渡し、又は本件建物の明渡しにより、当然に、被告寺院らの消滅を来すものではないことは、前記(一)に述べたとおりである。)。
(五) 抗弁(三)(5)について、原告園城寺は、本件一の1土地、本件一の2建物、本件八建物を使用する必要性について、原告園城寺の歴史に照らし、極めて重要な史跡であり、宗教活動上使用するべき必要性は高いと主張する。しかし、次の再抗弁(二)で述べるとおり、原告園城寺の本訴の目的及びその必要性は、被告寺院らの宗教活動に対する妨害ないし誹謗中傷であることを前提として、その排除にあることは原告園城寺の自認するところである。また、被告専光坊との関係では、前記1(一)で述べたとおり、原告園城寺は、被告専光坊の本件八建物の使用に対し異議を唱えなかったことも認められる。そして、その後右本件各物件の利用について何らの事情変更もみられないので、原告園城寺において、右本件各物件の使用についての高度の必要性は認められない。
(六) 再抗弁(二)について検討するに、被告圓満院代表者代表役員三浦道明が中心となり、被告専光坊、財林坊、被告定光坊、被告両願寺、被告圓宗院、被告萬徳院、被告光浄院、被告正藏坊及び被告本壽院の九つの寺院が、三井寺一山寺院住職会なるものを作り、園城寺山内において看板を立てたり、ちらしをまいたりして、原告園城寺に対する抗議をしたこと(甲一一〇、一一一の1、2、一二八、一二九の各1、2、一三〇の1ないし3、検甲一、三ないし五)、原告園城寺は、昭和五五年三月一八日、被告圓満院に対し、園城寺境内地に無断に立ち入ろうとしたことに抗議したこと(甲一一三、一一四の各1、2)、原告園城寺は、昭和五六年一二月二七日、被告圓満院に対し、原告園城寺の所有地を使用したとして抗議をしたこと(甲一一六の1ないし3)、原告園城寺は、昭和五七年一〇月五日、被告圓満院に対し、被告萬徳院の造作工事を同原告に無断で行ったことに抗議したこと(甲一三五の1ないし3、一三六の1ないし3、一三七の1、2)、それに対し、被告圓満院から逆に反論を受けたこと(甲一三八の1、2)が認められる。
また、被告寺院らは「園城」なる発行物などを関係人に配布していること(甲九九、甲一二一ないし一二四)、また、原告園城寺に対する郵便物が被告圓満院に誤配されたこともあること(甲一一二の1ないし3、一一五の1ないし3、一一八の1、2、一二〇の1、2)、さらに、被告圓満院らは昭和五六年から原告園城寺に無断で本件一の1土地上の本件一の2建物を造作工事し、裁判所の仮処分命令(執行官保管)に違反して本件一の3建物を建築したこと(甲一ないし一〇九、一三七の1、2)も認められる。
さらに、被告圓満院代表役員三浦道明は、同人が代表役員を兼ねる被告専光坊、被告定光坊の土地を被告圓満院や右三浦のために金一〇億円にのぼる借財の担保のため抵当権を設定していること(甲一五〇ないし一六三)、被告圓満院の建物が仮差押を受けたことがあること(甲二〇二)も認められる。
(七) まとめ
以上に認定、判断した各事情を前提に、権利の濫用の成否について検討するに、まず、被告両願寺、同圓満院及び同長谷川しげに対する関係では、被告両願寺に古くからの歴史と伝統があり、現在宗教活動を行っているとしてもそれだけでは、本件請求が権利の濫用となるとは評価できない。むしろ、右被告らは昭和五五年ころ以後に、原告園城寺に無断で本件一の1土地、同2建物の占有を開始し、原告園城寺の異議及び裁判所の仮処分命令を無視して、本件一の3建物の建築をしたものであるから、右被告らに対する本件明渡請求(第一事件請求の趣旨(二)、(三))が、権利の濫用となる余地はないというべきである。
他方、被告専光坊(被告來嶋稔を含む。)については、かつては適法な使用借権に基づき占有していたこと、その当時から現在に至るまで継続して宗教活動を行っていること、被告には古くからの歴史と伝統があること、原告園城寺は、被告の占有権限消滅後四〇年以上の長きにわたってなんらの異議を唱えなかったこと、原告園城寺には本件八建物を使用する高度の必要性は認められないこと、本件八建物は、特に被告専光坊が所有する敷地上にあることなどの事情に鑑みれば、右(六)の同被告に関する事実を十分に考慮しても、なお、同被告に対する原告園城寺の本件明渡請求(第一事件請求の趣旨(四))は権利の濫用として許されないものと考えるのが相当である(なお、被告専光坊に対する権利の行使が権利の濫用に当たるかどうかを判断するについて、再抗弁(二)の主張事実中、代表役員も異なる他の被告に関する事情を考慮することは相当でない。)。
(八) よって、被告圓満院、同両願寺及び同長谷川しげに対する関係では抗弁(三)は認められない。しかし、被告専光坊(被告來嶋稔を含む。)に対する関係では抗弁(三)が認められる。
4 抗弁(四)について
右抗弁(三)事実については、右3で認定したとおりであり、また、被告定光坊の使用する本件五建物の敷地は右被告が所有し(乙二七、二八)、右敷地には、右被告の建物が存在していること(乙二九)、被告正藏坊の使用する本件六建物の敷地は同被告がもと所有していたこと(乙三二、三四)、被告両願寺については、その敷地上に同被告の建物が存在していること(乙八五)、被告圓宗院と被告本壽院の使用する本件四及び七建物は国所有であり(乙八二ないし八四)、被告光浄院の使用する建物は登記簿上「光浄院本堂」とされ、所有者として原告園城寺名が表示されていること(乙九七)の各事実が認められる。
しかしながら、右事実のもとでも、本件各建物の利用権不存在の確認自体が権利の濫用として許されないものとは解されない。
よって、抗弁(四)は認められない。
第二 第二事件について
一 請求原因について
1 請求原因(一)(原告定光坊の所有権の存否)について
(一) 乙二七、二八、三一、三二、一八五、一八六、一八九、一九〇、一九二、一九三によれば次の事実が認められる。
本件九の1土地の登記簿には、原告定光坊の昭和三二年七月一八日付の所有権保存登記があり(乙二八)、同土地の土地台帳には、登記年月日明治欄に、所有者氏名原告定光坊の記載がある(乙一九〇)。また、本件九の1土地と地番の異なる土地(地番三七番)についても不動産登記簿上、原告定光坊が右同日付の所有権保存登記を有し(乙二七)、かつ、土地台帳には、明治三四年一二月一日付で坪数が訂正される以前から、所有者定光坊の記載がある(乙一八九)。
原告定光坊と同じく被告園城寺の子院であった圓満院については、明治二二年四月八日付けで滋賀県から払い下げを受けて土地を取得し(乙一八五、一八六)、また、専光坊及び正藏坊についても、原告定光坊と同様の記載がある(乙三一、三二、一九二、一九三)。
(二) 右各事実と、原告定光坊が主張する、右事実を前提にして、本件九の1土地については、滋賀県から明治二二年四月八日ころ、払い下げを受けた事実を否定する証拠は存在しないことを総合すれば、原告定光坊の本件九の1土地の所有権を認めることが相当である。
(三) これに対し、被告園城寺は、原告定光坊を含むかつての塔頭寺院の敷地は江戸時代終了まで被告園城寺の所有であったこと及び明治初年以降、それらの土地所有権が各塔頭寺院に移転するという根本的な変革がなかったことを主張して、前記各登記が不実の登記であって、本件九の1土地は被告園城寺が所有していると主張する。
しかしながら、本件九の1土地が、江戸時代まで被告園城寺の所有に属していたとしても、明治維新以降、版籍奉還にともない、明治四年正月五日に太政官布告第四号をもって、社寺の所有に係る土地は、現に境内地を除き、全て上知されたことは当裁判所に顕著であり、一般的に、上知された土地がその後、地租改正事業に伴い、他の民有地と同様に、払い下げられたことも顕著であるから、本件九の1土地も、同じ経過をたどったと推認するのが相当であるから、被告園城寺の主張は採用できない。
また、被告園城寺は、明治一二年六月二八日内務省達乙第三一号(乙一九四の3)明細帳製式ノ件の明細帳取調心得第二項に「用紙ハ美濃十三行界紙ヲ用ヒ、「一寺毎ニ各紙ニ相認ムヘシ」と規定されており、塔頭寺院が独立して建物を所有しているような場合には、本寺と塔頭寺院とを別々に寺院明細帳に作成すべしと定めているところ、甲一四五の寺院坊は、被告園城寺との間で、前記第一の一1認定のとおり終戦後の昭和二二年ころ深刻な対立が生じたため、被告園城寺を本山とする包括関係に属することなく、従前の塔頭関係から離脱したものであるが、それまでの間のおよそ六〇年にわたり、本件九の2建物の建築や利用について何らの異議もとどめなかったこと、その後も特に原告定光坊が本件土地九の1土地を利用する必要性が窺われないことが認められる。
右のような本件九の1土地の利用の形態、期間及び原告定光坊の利用の必要性等を考慮すれば、本件建物収去土地明渡請求は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。
第三 第三事件本訴について
一 主位的請求について
1 所有権に基づく請求について
主位的請求原因(1)(本訴原告定光坊の所有権)について、本訴原告定光坊は、何らの所有権取得原因事実を主張、立証せず、本訴原告定光坊が本件九の2建物を所有している事実は認められない一方、甲一(以下に挙示する書証は、第三事件訴訟記録の書証目録記載の番号を示す。)並びに弁論の全趣旨によれば、同建物の所有者は園城寺であることが認められる。
したがって、その余の事実について判断するまでもなく、本件九の2建物の所有権を前提とする請求(①本訴被告明居久子に対する所有権に基づく同建物の明渡請求、②本訴被告らに対する昭和五九年九月一四日から平成六年一月三一日までの同建物の賃料相当損害金の支払請求、③本訴被告明居久子に対する平成六年三月一日以後の同建物の賃料相当損害金の支払請求)は理由がない。
2 賃貸借契約及びその終了に基づく請求について
(一) そこで以下、同建物の賃貸借契約及びその終了に基づく①未払賃料の支払請求、②同建物の明渡請求について検討するに、主位的請求原因(2)、(5)、(6)の事実は関係当事者間に争いがなく、証拠(甲五、六の1、2、本訴原告定光坊代表物三浦道明本人)によれば、同(3)、(4)の事実が認められる。
(二) 抗弁(請求原因(2)に対し)について
甲一及び弁論の全趣旨によれば、本件九の2建物が園城寺所有であること、乙五及び証人明居久子、同滋野敬淳の各証言によれば、明居富時は、園城寺との間で、昭和五八年一二月三〇日、本件九の2建物について賃貸借契約を締結したことが認められる。
ところで、賃貸借契約は、賃貸人が、目的物件につき所有権等を有しない場合でも有効に成立し、賃借人の賃料支払義務は発生するが、賃借人が、所有権者からその明け渡しを求められた場合に、請求が理由あると考えてあらためて所有者と賃貸借契約を締結したときには、従前の賃貸借契約を解除するとの意思表示をしていなくても、右賃貸借契約は、賃貸人の目的物を使用収益させる債務の履行不能によって終了し、その時から賃料債務は発生を止めると解するのが相当である(最高裁昭和四九年一二月二〇日・判例時報七六八号一〇一頁参照)。そして、そのような場合には、目的物返還義務も消滅すると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、右のとおり、亡明居富時は、昭和五八年一二月三〇日に、所有者との間で賃貸借契約を締結していることから、右抗弁には理由があり、同日以後の賃料債務は消滅し、かつ、目的物返還債務も消滅しているものと解するのが相当である。
以上に対し、本訴原告定光坊は、本件九の2建物について管理権を有していると主張しているが、その事実を認める証拠は何ら存しない。
しかしながら、他方、亡明居富時には、昭和五七年七月一日から同年一二月二九日までの賃料については支払義務が存したのであり、その額一万四八三九円については、本訴被告らが相続により負うこととなるから、本訴被告明居久子は右の二分の一である七四一九円を、被告明居富夫及び同明居敏雄は、それぞれ右の四分の一である三七一〇円の支払義務がある。
二 予備的請求1、2について
1 請求原因のうち、(1)の事実は前記第二の一1のとおり認められる。(2)の事実は当事者間に争いがない。
2 抗弁については、被告園城寺に対する本件九の2建物収去、本件九の1土地明渡しが権利の濫用に当たることは、前記第二事件の理由に記載のとおりであり、その結果、本訴被告明居久子に対する右建物明渡請求も権利の濫用として許されないと解するのが相当である。
第四 第三事件反訴について(請求原因について)
一 甲一ないし三、五、六の1及び2、乙九ないし一二、一六ないし二〇、検乙一、二、証人明居久子、同滋野敬淳の各証言、反訴被告代表者三浦道明本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
前記第二、第三において認定したとおり、亡明居富時は、昭和五八年一二月三〇日本件九の2建物を、その敷地所有者である定光坊との間で、昭和三四年ころ賃貸借契約を結び、反訴原告明居久子とともに使用収益してきたものである。
反訴被告定光坊は、本件九の2建物について、右建物を使用していた亡明居富時に対し、昭和五九年六月及び九月に、明渡しを要求していたが、右建物の所有者である園城寺との間で賃貸借契約を結んだことを理由として、その明け渡しは拒まれていた。昭和五九年一一月一二日、三浦道明の指示を受けた者が、本件九の2建物附属建物便所の取壊しを明居富時に通知してきたため、本件九の2建物の所有者である園城寺は、取壊禁止の看板を立てたが、同年一二月一三日午前一〇時ころ、三浦の指示を受けた山本土木の作業員は、右附属建物便所(木造瓦葺平屋建4.9平方メートル)も取壊し、さらに、その周辺の草木一七本(三〇年樹齢の杉一〇本、あじさい四株、こでまり、あおき、さざんか各一本、時価合計三〇万円相当)を伐採あるいは引き抜くなどした。
右草木は、亡明居富時及び反訴原告明居久子が、一〇年ほど前から、植えて育ててきたものである。また、本件附属建物便所以外に、反訴原告明居久子の利用できる便所は、本件当時、本件九の2建物には備え付けられていなかった。
二 これに対し、反訴被告定光坊は、本件附属建物便所及び草木が右定光坊の所有であると主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。また、反訴被告定光坊は、本件九の2建物の敷地は、本件附属建物便所周辺には及ばないとも主張するが、右主張事実は右定光坊の亡明居富時に対する不法行為の成否を左右するものではないというべきである。
三 以上のとおりであり、右の定光坊の附属建物便所の取り壊し及び草木の引き抜き、伐採は、亡明居富時に対する不法行為に当たるというべきである。そして、本件にいたる経緯等の諸事情を総合すれば、亡明居富時に生じる精神的損害は一二〇万円を下らないものと認めるのが相当である。
第五 結論
以上によれば、① 第一事件について、理由があるのは、原告園城寺と被告ら八寺院との間で同被告寺院らが別紙物件目録一ないし八記載の土地、建物につき使用権を有しないことの確認を求める請求(請求の趣旨(一))、被告両願寺に対する建物退去、収去、土地明渡し請求(請求の趣旨(二))、同圓満院及び同長谷川しげに対する建物退去、土地明渡し請求(請求の趣旨(二)の一部、(三))であるので、これを認容することとし、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、② 第二事件については、原告定光坊の被告園城寺に対する平成四年七月二九日から土地明渡し済みに至るまで月額一五〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容することとし、その余は理由がないのでこれを棄却し、③ 第三事件本訴については、本訴原告定光坊の本訴被告明居久子に対する七四一九円、本訴被告明居富夫及び同明居敏雄に対する各三七一〇円の賃料の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容することとし、その余は理由がないのでこれを棄却し、④ 第三事件反訴については、すべて理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六五条、六四条、六一条を適用し、なお、金員の支払を命じる部分に関する仮執行宣言の申立については、これを付するのは相当でないからその申立を却下し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官末永雅之 裁判官小西洋)
別紙物件目録<省略>